虎ノ門漢方堂の薬剤師 城戸克治が、直木賞作家 邱永漢さんの依頼を受け、ほぼ日刊イトイ新聞の分家サイト「ハイハイQさん」に約3年間に渡り連載した医師/薬剤師向けの「中医学事始め」を一般の方向けにわかりやすく解説したコラムです。  

「漢方」と「中医学」両方とも中国語みたいですが、漢方という言葉、実は日本語なんです。ですから漢方といっても中国では通じません。中医学は中国の言葉ですから、当然あちらでも通じます。 漢方とは江戸時代の中頃にオランダ人によりもたらされた西洋医学を「蘭方」と呼んだのに対し、それまでの日本古来からの医学を呼ぶために新しく作られた造語なのです。

漢方はその字からも分かるように、中国の漢の時代の頃の古代医学を主に基礎としています。それらが長い年月を経て、日本で独自に変化を遂げていったものですが、現在でも処方の内容や運用方針は昔とそれほど大きくは変ってはおりません。しかし、中国では漢よりかなり以前の医学も後の時代の人々により取捨選択されながら生き残り、他国の医学も融合しながら多彩な発展を遂げていきました。おそらく、その過程は気が遠くなるほど膨大で困難な作業の連続だったはずですが、それまでの記録が文字の形として残されてきたことが何よりも大きな要因になったのでしょう。文字が、人類最大の発明の1つに数えられる由縁です。

近代になってから、それらは再度統一され「中医学」と呼ばれるようになりましたが、西洋医学の苦手な分野を補填できる可能性が示唆され、今では「中医は西医に学べ、西医は中医に学べ」と、中医学のよい部分と西洋医学のすぐれた部分を融合させる試みが盛んに行われ、日本では想像できませんが点滴や注射剤として使われているものもあります。

※邱永漢(きゅう・えいかん) 1924年台湾・台南市生まれ。1945年東京大学経済学部卒業。小説『香港』にて第34回直木賞受賞。以来、作家・経済評論家、経営コンサルタントとして幅広く活動。現在も年間120回飛行機に乗って、東京・台北・北京・上海・成都を飛び回る超多忙な日々を送る。著書は『食は広州に在り』『中国人の思想構造』(共に中央公論新社)をはじめ、約450冊以上にのぼる。